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小説家でちがう美人の描き方
11:00am・・今日の波/ほぼフラット・曇り
明日は波が上がりそうです。

カフェ、今日も元気に営業しています。

カフェのオープンは、朝8時50分からです。
☆大人のサーフィンスクール、受付中。(11月初旬まで)
来年のスクールのスタートは、4月中旬からです。
スクールの方は、温水シャワーが無料で使えます。
40歳以上の方、大歓迎。

レンタルボード&ウエットスーツもあります。
(ロングボード・ファンボード・ショートあります)
☆SUP(スタンドアップ・パドルボード)レンタルもあります。

★ペンションは、一日一組限定です。
ビーチまで歩いて1分。
(ランチタイムの11時から15時までは厨房作業のため、電話に出れない場合があります。)

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ある日のカフェの昼過ぎ頃。

メイクばっちりの、ちょっときれいな感じの女性が
お店に入ってきた。
年齢は30代前半かな。

お店に入ってすぐに声をかけられたのですが、
その雰囲気で、ちょっと苦手な人だなと思った。

確かに容姿はそれなりに良いんだと思いました。
でもね、大人としての品がない女性に見えた。

残念だけど、品のない女性って、いくらか美人でも
だらしなくみえてしまう。


片岡義男の小説に出てくるような美人が僕は
好きだ。
村上春樹の小説にも美人はでてきますが、片岡義男の描く
センスの良い都会的な女性じゃない。

『国境の南 太陽の西』という村上の春樹の小説には、
島本さんという美人の女性が出てくる。

島本さんはこんな女性だった。
『彼女はいつも微笑みを浮かべていた。
むしろ嫌なことがあればあるほど、彼女はその微笑みを
浮かべるようにさえ思えた。
それは、ある場合には僕を慰めたり、あるいは励ましたり
もしてくれた。

僕は島本さんの顔を思い浮かべるたびに、その微笑みを
思い出すことになった。』

こんなふうに女性のことを表現できるのが
小説家なんだろう。

村上春樹の描く女性は、たしかに、僕たちの世界の
どこかにいそうな気がした。

でもね、カフェでそんな雰囲気を持った女性に
今まで出会ったことはありません。

やっぱり、小説は小説の世界だから。
by cafe_delmar | 2016-11-19 12:33 | デルマー前:波情報