ブログトップ | ログイン
誰とも競争しない生き方
9:00am・・・今日の波/クローズ・曇り&雪
朝起きると、雪が積もっていましたが、8センチぐらいで、
今日から春樹の保育園に送っていきましたが、道路は普通に走れました。
カフェ、今日も元気に営業しています。

春樹、カフェでデートかな?
f0009169_1002845.jpg


昨日は岡山から、大好きなSなえさんが遊びに来てくれました。
f0009169_1005031.jpg

f0009169_1023133.jpg


悠人の書初めを見て、思い出した人がいる。
書家であり、詩人の相田みつをさん。
代表作『しあわせはいつも自分の心がきめる』は有名だ。

そんなみつをさんは、独創的な書家としての成功は遅かった。
30歳で独立書家になったが、本が売れ、経済的に成功したのは60歳からだ。
そして、67歳のときに亡くなった。
60歳までは、かなり貧乏な時期が長かった。
それは、彼の生き方の哲学が原因だった。
著書『いちずに一本道 いちずに一つ事』 角川文庫にはこう書かれていた。

『私が若い時から一番苦労したことは、どうしたらこの現実社会を生きていくための
具体的な生活費を稼げるか? ということでした。
つまり、どうして金を手に入れるか?

お習字の先生になるのはやめました。
お習字の先生には、不器用な自分がならなくても、腕の立つ人が
地方にもいっぱいいるということ。
つまり競争相手がたくさんいるということです。

私は生来、人と競争することが嫌いな質(たち)なんです。
競争すれば必ず勝ち負けがつきます。
私は、誰とも競争しない生き方をしたかったわけです。』

みつをさんはその生き方のせいで、生活はいつも貧しかった。
それでも、自分の好きな仕事をやり続けた。

『しあわせはいつも自分の心がきめる』

明日の米どころか、今日の米さえ事欠くような状態があった。
それでも、誰とも競争しない生きかたを選んだ。
ちょっと簡単にはまねのできない生き方だと、あらためて思いました。

みつをさんの著書『いちずに一本道 いちずに一つ事』の最初の章に、
あんちゃんの話が書かれています。
みつをさんには、二人のあんちゃんがいました。
ひとりのあんちゃんは、小学校で一番の秀才でしたが、家が貧しかったので、
旧制中学には行けませんでした。
二人のあんちゃんは、小学校を出てから働いて、みつをを中学校に行かせてあげました。
それから、二人は兵隊に行き、戦死しました。

そのあんちゃんが、兵隊に出るときにみつをに言った言葉です。
『お前なあ、男として生まれてきた以上、しかも中学校に我々の働きで行かせてやったんだから、
自分の納得する生き方をしてくれよ。
世間のみてくれとか、体裁よりも、自分の心の納得する生き方をしてくれよ』

何度もこの話を読むと、涙が出てきそうになります。
『自分の心の納得する生き方』
二人のあんちゃんの教えを、みつをさんは死ぬまで忘れなかったのだろうなぁ。
by cafe_delmar | 2013-01-04 10:04 | デルマー前:波情報