9:00am・・今日の波/ヒザ・曇り・無風
西うねりが小さいですがあります。
昼過ぎから、お天気が良くなりそうです。
カフェ、今日も元気に営業しています。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
この歌詞のフレーズは、今年94歳で亡くなられたアンパンマンの漫画家、
やなせたかしさんが作詞した、「アンパンマンのマーチ」です。
5歳で父と死別し、7歳で伯父の家に引き取られお母さんとも離れた暮らしに、
21歳で徴兵されて中国へ行き、敗戦で戻ってからは故郷の高知から東京へ上京。
三越百貨店の宣伝部に入社。
その後34歳でフリーになり、漫画家を目指す。
テレビ、ラジオなどの仕事はあったが、漫画では売れない時代が続いた。
50歳で、絵本「やさしいライオン」がヒット。
56歳で、「それいけ!アンパンマン」を刊行。
69歳のとき、テレビでアニメ「それいけ!アンパンマン」放映開始。
大ブレイクしていく。
50歳までは漫画家としては、成功しなかったやなせさん。
そんなやなせさんが、著書にこう書いていました。
『運とは、自分で呼び込み、自分でつかむものだ。
自分の力で切り拓き、自分の力で動かすものなのだ。
運をつかむには、自分のやりたいことをずっと継続して、やめないことだ。
「継続は力なり」という。同時に「継続は運」なのだ。
「運が良けりゃ」と、棚の下でぼた餅が落ちてくるのを待っていても、
そんな好都合なことは起こらない。
自分でぼた餅をつくってこそ、類は友を呼ぶではないが、いろんな餅が寄ってくるのだと思う。
自分自身も、世に出なくても、代表作がなかなか描けなくても、黙々と漫画を描き続けてきた。
アンパンマンはそうした長い歳月から生まれた「運」だったのだ。』
漫画家としてブレイクしたのは、人生の後半だったやなせさん。
そのやなせさんが残した言葉は、すごいエネルギーがつまっていました。
やなせたかし「明日をひらく言葉」PHP文庫
何度も読み返したい、やなせさんのやさしくて、勇気をくれるリアルな言葉が
たくさん詰まっていました。
アンパンがなぜずっと子供たちに喜ばれるのか、やなせさんの生き方を知って、
少しだけわかるような気がしました。
「手のひらを太陽に」の歌詞はやなせさんが42歳のとき、いろいろな仕事をして、
食べるのには困らなかったけど、漫画が売れず、さびしい時期を過ごしていた時に、
徹夜していたとき、ふいに歌詞が浮かんできたそうです。
『僕らはみんな生きている
生きているから歌うんだ
僕らはみんな生きている
いきているからかなしいんだ』
この歌は、やなせさんが自分を励ます気持ちから生まれたと書いていました。
大人になってから聴くと、そんなやなせさんの気持ちが少しわかるように思います。
世の中には多くの自己啓発書がありますが、アンパンマンのストーリーや
やなせさんの言葉は、それ以上の価値があるのでは。
そう思わずにいられないぐらい、心に残る本(内容)でした。
そろそろ冬用WAXが必要な時期です。
朝の寒いときは、グリーンのコールドがお勧めです。
パープルは、真冬の1月頃からがいい感じです。
サーフWAXは、年中デルマーで販売しています。